2019年夏から本格化した香港民主化デモは、複数の大学がデモ隊と警察の衝突の現場となり、学生生活にも大きな影響を及ぼしました。このような状況下で、実際に現地で学ぶMBA生はどのような生活を送っていたのでしょうか?今回は、香港科技大学(HKUST)の在校生である佐藤拓也さん(Class of 2021/Intake2019)に、実際にデモが起きていた2019年8月以降どのように過ごしていたのか?また学校側はどのような対応をしていたのか?、詳しくレポートして頂きます。
プロフィール
佐藤 拓也 (さとうたくや)
香港科技大学(HKUST) MBA Intake2019。慶應義塾大学環境情報学部、2012年3月卒業。新卒で野村證券に入社、営業店にて6年間新規開拓に従事。HKUST MBA Japan Club President。
入学時年齢 : 31歳
留学方法 : 退職私費
海外経験 : 無し
IELTS: Overall7.0 (L6.5/ R7.0/ S7.5/ W6.5)
GRE : Total 316 (Q166/ V150) (GMAT換算640)
ゴッサムシティ
11月、香港各地の大学から火の手が上がり、科技大キャンパスからは続々と学生が避難を始めました。刻一刻と変わる情勢を前に、日本領事館と安否確認のやりとりをする中、クラスメートからはデモ隊は週末にも香港科技大を襲うという情報が届き、、、
これがアジアなんだ。
迫り来る危機と緊張感の中、痛切に感じたことです。
きれい事でなく、アジアで学ぶということ
ビジネススクールは当然ながらビジネスを学ぶ場です。薔薇色の未来だけを見ることがアジアで学ぶということではないと思います。
もしも自分が経営者だったとして、アジアへの投資を実行した瞬間、政治的混乱が起こり経済が低迷することがあり得るんだということを改めて実感しました。リターンがあるからにはリスクがある。でも、何が起こるか分からないからこそビジネスは面白いんだと思います。
他のどの代も経験していない危機に次ぐ危機のさなか、もがきながらも戦っているアジアMBAの経験を少しだけお伝えしたいと思います。政治的意見はまたの機会に回すと致しまして、純粋に当時の起こったことを綴ってみます。そして、こんな記事を読んでも尚、「なんだか面白いそうだぞ」と思うガッツのある貴方、是非、エキサイティングなアジアで学び、一緒にアジアのマーケットで戦っていきましょう!
前線レポート
8月、当時の状況はまだそこまで深刻ではなく、私自身初の海外生活を大いに満喫していました。黒がデモ隊側、白が政府側の色だということで、新しく出来たアメリカ人の友人とともに、早速ニュートラルカラーの服を着て参加もしてみました。
参加者も、日中の雰囲気は正直だいぶ緩い人も多く、駅からデモの場所を探す間に出会ったデモ参加者らしき服装のカップルに本隊までの道を聞くと「正直私たちもはぐれちゃってよくわかんないのよねぇ」みたいなノリでした。
9月末頃から徐々に夜間のデモがエスカレートしていきますが、日中は未だに平穏です。デモは事前にネット上で時間と場所が共有される為、それさえ分かっていれば特に危険はありませんでした。逆に言えば、この頃報道陣は一番ヤバイ場所に一番ヤバイ時間に張ることが可能で、最も過激な一部の状況がさも日常かのように繰り返し報道されていることには若干の違和感を覚えていました。無茶なクラスメートの一部は催涙弾を見かけて興奮して近づいて「目が痛ぇー!」なんてことをする余裕がまだありました。
10月にかけて、一番の問題はデモによる直接的な暴力でなく、改札等が破壊されたことによる交通機関の麻痺でした。デモによって一部の交通機関がストップしたため、幾つかの学内外のイベントが中止になったりもしました。HKUSTの対応は迅速で、選択授業の為に九龍のメインキャンパスとセントラル(市街地)のキャンパスの間に大型バスをチャーターして、学生は公共交通機関を使わずにキャンパス間を往復出来ました。
ところで、HKUST MBA約100人のクラスには、香港現地、中国本土、また台湾から欧米まで20カ国を超える国から学生が集まっています。政治的な議論が起こるかといえば特にそうでもありませんでした。中国本土の学生同士、香港現地の学生同士では話していたかもしれませんが、クラスの雰囲気としては総じて「勘弁してくれ」といった感じです。
11月8日、事態は大きく動きます。HKUSTの学部生がデモ参加中に駐車場から転落して亡くなるという出来事が起こりました。翌日過激化したデモに警官隊が実弾を発砲、一気に自体は過激化してきます。政府支持側の財閥の出資による経営ということで、ついに学内のスターバックスのショーケースが破壊されたりもしました。この頃学外に住む先輩からも、市街では日常的に暴動が起こっていることを聞きました。
この状況の変化に対して、最初は日ごとの単発での休講が発表されました。いかに意識の高さの塊たるMBA生といえども、休講が決まった瞬間の初動の感想は小学生時代と変わらず、「ヤッタ!休みだ!」です。前期の期末試験、あと一日でも長く復習出来ていたらどんなに楽だったかという思いがあった為、授業内容を整理してキャッチアップする良い機会でした。しかし状況の深刻化に伴い、徐々に単発の休講だけでは対応しきれない状況になっていきます。
Last Ones Standing
11月中旬、ついに一部大学でのデモ活動の激化に伴い、この先の授業の一週間休講が決まりました。ビジネススクール棟のラウンジに全MBA生が集まり、緊急で学事とのミーティングが開かれました。
学校側は万全の警備体制を敷いているため学内に留まることも問題ないとしながら、多くの学生は一時キャンパスを離れることを選択しました。というより一部のクラスメートは休暇を活かしてマカオや東南アジア旅行に遊びに行きました。中国本土出身の学生は主に本土に一時帰国していきました。
当時は続々と荷物をまとめてキャンパスを発っていく本土出身の学生と会うたびに「もう一生会えないんじゃないか」という不安と言いえぬ寂しさがありました。互いに事態の収束を願い、また再会を誓い、ハグで別れました。世界には戦争で家族や友達と離れ離れになってしまう人がいることを改めて思い出します。
一部には「デモ隊らしき人影がキャンパスの屋上に確認された」、「他大のデモでは、寮の個室一室一室まで侵入された」というような噂が中国本土出身の学生中心に拡散しました。結果的にこれらは全てデマで、この状況下でどのように混乱が拡散していくのかも目の当たりにしました。
私を含めた日本人3人はというと、寮に留まることに決めました。私費留学故往復旅費の出費が痛かったこと、学内で起こるかもしれないことに若干の興味があったこと、一方で学校側は万全の警備体制を持って冷静な対応を呼びかけていたこともが主な理由です。結果的に学年約100人中、約20人のクラスメートが寮に留残りました。最後まで寮に残った連中を見渡すと、なるほど、世界各国から図太い奴らが残っており納得の面子でした。早速WhatsApp上で、Last Ones Standingというグループが結成され、以後このグループ内で連絡を取り合いながら籠城戦に挑むことになります。今思い出しても、この時のメンバーは良い仲間達です。
ハイキング日和
さてデモ休暇初日、この危機の中ですることといえば勿論ハイキングです。香港は自然も沢山あってハイキングをするととても気持ち良いです。
クラスメートと近隣の港西貢から船で近くの島まで行き、ハイキングして、ビーチでビール、持参したグローブでキャッチボールをしました。なんでアメリカ人はあんなにきたないフォームで速球を投げられるんだろう?
キャンパスに戻った後は、皆で学内のバーベキュー場で火を起こしました。実は先のキャッチボールで腰痛を発症し、この危機のさなか、歩くこともままならなくなっていた私は
「俺は腰痛で走れない。もしもの時は俺のことは気にせず逃げるんだ」
「Bro、見捨てはしない」
なんて話をクラスメートと語り合いました。
Movie Night
一方、寮に残る学生にも焦燥が広がる中、学内に二つだけの公認Social系クラブの一つであるJapan ClubのPresidentとして、出来ることは何なんだろう、今果たすべき責務は何かと考えました。
目を付けたのはビジネススクール棟のラウンジです。いつもは深夜まで自習や宿題をこなす学生で一杯のラウンジががらんどうです。ラウンジのスクリーンを使って、日本の映画を通して皆を元気付けることは出来ないだろうかと考えました。この状況下、皆さんならば何を上映しますか?
結果、「呪怨」に決まりました。皆ホラーが観たいって言うんだもん、、
しかし評判は上々で、場面が変わるごとにいちいちWoooow!!だのNooooo!!だの歓声が上がり、欧米ノリで盛り上がったのでした。ここでホラームービー上映に際して発案されたBYOB(Bring Your Own Blanket)スタイルは後に学内映画上映イベントでの定番になっていきます。
そして再会
幾つかの大学でのデモ隊と警官隊との衝突が決着したことを受けて、デモは収束に向かいます。地元のタクシー運転手によると、デモ隊、警官隊ともに「そちらが暴力に訴えないのであれば、こちらも暴力には訴えない」という方針で一致しつつあるとのことでした。
キャンパスには続々とクラスメートが戻ってきて、誰かの帰国の度に学内メッセージグループにはWelcome back!のメッセージが流れ、その度に帰国者の部屋に飛んでいき再会を喜び合いました。その後の授業はオンラインと対面の両方が提供されましたが数人を除くほぼ全ての学生が対面授業を好み教室に戻って来ました。苦楽を共にしたLast Ones Standingメッセージグループは徐々に使われなくなり、一週間分の補講も含めたケースと課題に追われる日常が戻って来ました。
HKUSTの対応と授業への影響
結果的にHKUSTの対応は素晴らしく、デモの最中もキャンパス内は世界一平和な場所と呼ばれていました。学内の直接的被害としてはスターバックスのショーケースと壁へのスプレーによる落書き位でしょうか。
HKUSTが平和だった理由としては、
- 迅速に民間の警備員を大増員してデモ隊警察共に学内に入れなかったこと
- 立地が中心街から離れているということ
- 学校が中立の立場を貫いたということ
の三点あると思います。他大学を見るに、在学生というより、デモ隊側も外部からの人が入ってきて紛争状態になっていたように感じるので、特に部外者を学内に入れないという対応は効果的だったと感じます。立地については日本に当てはめて考えてみると、そりゃ渋谷でデモ活動してる人たち、湘南台には来ないよね、、もしかしたら、留学生比率の高さが政治的活動から一歩引いた姿勢に繋がっていたのかもしれません。
授業への影響については以下の通りです。
- 秋学期後期授業の一週間中断
- 一週間分の授業時間は土日等を活用した補講によって100%カバー
- 希望者にはオンライン受講を認められた
こちらも最小限の影響に抑えられたように感じます。
地政学リスクを身持って学びながら、特別な環境で過ごしたこの一週間は図らずもMBA生活の中でも印象に残るものとなっています。
長文をご高覧有難うございました。第二弾はコロナウィルスの流行、対応についてお届けしたいと思います。
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