早くからアジア経済を牽引し、ニューヨーク・ロンドンと並ぶ国際金融都市「香港」。近年中国企業の対外投資、国際化の拠点としても重要な役割を担っています。このアジア金融の中心地「香港」の金融業界で働きたい、と思われる方も多いのではないでしょうか?
今回は香港でMBA取得後、現地金融機関に就職。香港金融業界で10年のキャリアをお持ちの猪原英治さんに、香港金融業界で就職・転職に役立つスキル・資格情報について解説して頂きます。
プロフィール
猪原英治(いのはらえいじ)
香港在住11年。香港中文大学2009年卒(MBA)。日系大手銀行の香港現地法人、米系金融ベンダーを経て現在は米系プライベートバンク勤務。2018年CFA取得。香港在住の日本人の方を対象に、統計の基礎をエクセルを使い学んでいくワークショップ“Learn Statistics” を開催中。Twitter:@eiji_inohara
資格?証明書?学位?
香港在住の日本人の方、また香港で就職を希望される日本人の方から「香港の金融業界で就職するにはどのような資格をもっていると有利となりますか?」という質問を受けることが時々あります。
まず言葉の定義ですが、日本ではCPAやTOEFL、MBAなども「資格」と言ってしまうことがあります。そのため少し強引ですが混乱をさけるために以下のように分類します。
- 独占業務を有するもの(保持してないとできない仕事があるもの):資格
- 知識(および経験)を証明することができるもの:証明書
- 教育機関を卒業することによって得られるもの:学位
1はソリシターなどの弁護士資格、3はMBAやPhD(博士号)などが該当します。これらについてはここで言及はせず、今回ご説明するのは「香港の金融業界への就職に役立つ」2の証明書についてです。そのため、少し違和感はありますが以下、「資格」ではなく「証明書」と記載していきます。また、語学の能力の証明書、IELTやHSKについても言及はしません。
よって、一般の日本人が香港で士業につくのではなく、金融業界で就職したいあるいは転職を考えるときに、大学院などにいくのではなく、独学で得ることができる証明書としてはどのようなものがあるのかをご説明していきます。
そもそも証明書があると就職に有利か?
香港だけではなく日本でも同じことが言えますが、証明書をとったからといって就職ができるということはまずありません。就職で一番大事なのは職務経歴であり、今まで何をやってきたのか、どういうことができるのか、ということが就職先(転職先)の求める人物像と一致していることが最も重要となります。
ただ、それでも私は必要な証明書を取得することは決して無駄ではないと考えます。私を含めて日本で育った日本人の方であると、面接に進めたとしても、短い時間で自分の能力を英語でアピールすることは容易ではありません。その点、証明書は文字通り知識・能力を証明するためのものですので、「必要な知識をちゃんと有している、また難しいことがあってもきっと頑張って勉強してくれるだろう」という印象を与えることができます。
どのような証明書を選ぶべきか?
「よし、何か証明書を取得しよう!」と思い立っても次に悩むのが何を取得すれば良いのか、ということです。これについてはまず以下の点に注意して選ぶ必要があります。
- 広くに認知されている
- 簡単に取得できるものではない
- かといって10年勉強してもとれないような難易度ではない
- 入りたい業界、会社の業務にマッチしている(金融業界でも様々です)
- 名前の後ろに記載できる
最後の「名前の後ろに記載できる」の意味がよくわからない方もいらっしゃると思いますが、証明書は取得した後にアピールをしなくては意味がありません。試しに、LinkedinでCFAと検索してみてください。名前のあとに「,CFA」と付いている香港の方が沢山ヒットします。勉強好きな人は「,CFA ,CPA ,CIPM ,FRM」などズラズラ並んでる方もいます。これが「名前の後ろに記載できる」証明書です。このように名前の後ろに記載できる証明書であるとLinkedin経由でヘッドハンターからコンタクトされることも多くなり、非常に有効なアピールとなります。
また、人気のある証明書は対策講座を開く塾が存在します。例えば、カプランのような大手の塾で対策講座があるものについては、それだけのお金を払っても取得したい生徒が多くいることなので、無駄なものではないと信じてみるのも良いと思います。
<参考>Kaplan Financial – Financial Market
証明書の具体例
上記の点を勘案し、本記事では以下の証明書を紹介していきます。
- Licensing Examination for Securities & Future Intermediaries
- Chartered Financial Analyst (CFA)
- CFA institute Investment Foundations Program
- Certificate in Investment Performance Measurement (CIPM)
- Chartered Alternative Investment Analyst (CAIA)
- Financial Risk Manager (FRM)
これらの証明書とそのキャリアパスについてを図式化した表が以下です。ご自身のキャリアパスに合わせて、必要だと思われる証明書をご確認頂けます。
Licensing Examination for Securities & Future Intermediaries
これだけは「資格」であるとともに「証明書」でもあります。そのため、「資格証明書」として書いていきます。日本でいう証券外務員資格に該当します。証券外務員資格同様、金融商品を扱うフロント業務を行うのに必要となる資格証明書のことです。
この資格証明書がなぜ必要なのかについては、まず香港で金融商品を扱うにあたり必要となるライセンスを理解する必要があります。
SFC発行ライセンス
日本でいうところの証券取引等監視委員会は、香港ではSecurities and Futures Commission(證券及期貨事務監察委員会)、通称SFCです。SFCは香港で金融商品を扱うにあたり必要なライセンスをRegulated ActivitiesとしてType1からType10までに分類しています。なおRegulated Activitiesは一つだけとは限らず、一つの会社に複数付与される場合もあります。
- Type 1 Dealing in securities
- Type 2 Dealing in futures contracts
- Type 3 Leveraged foreign exchange trading
- Type 4 Advising on securities
- Type 5 Advising on futures contracts
- Type 6 Advising on corporate finance
- Type 7 Providing automated trading services
- Type 8 Securities margin financing
- Type 9 Asset management
- Type 10 Providing credit rating services
上記ライセンスを保有している会社でフロント業務を行う場合には、働く社員個人も必要なライセンス保有しておく必要があります。HKMAに登録されている銀行など、例外規定も存在しますが細かくなりますので省略します。詳細は下記ページ「Do you need a license or registration?」を確認してください。
SFC > Do you need a licence or registration?
個人に必要なライセンス
個人に付与される形態としては以下の2つがあります。
- Representative
- Responsible Officer
簡単に言ってしまうと、単語の意味からもわかるとおり、Responsible Officerのほうが責任能力の高い人に与えられるライセンスです。この2つの違いの詳細については以下のページをご参照ください。
SFC > Types of intermediary and licensed individual
Representativeに必要な条件
多くの日本人にとって与えられる形態は上のRepresentativeになるかとおもいます。Representativeになるには、以下の条件が定義されています。
SFC > Test of competence – Licensed Responsible Officer
上の表は、Option1からOption3のいずれかを満たせば良い、と読みます。つまり、一番下のLocal Regulatory Framework Papersはどれも必須ですが、もしAcademic/Industry Classificationで条件にみたされていれば、Recognised Industry Qualificationsは必要ない、ということになります。では、そのLocal Regulatory FrameworkとRecognised Industry Classificationとは何かというと、これは資格証明書のことをさしています。
HKSI実施のLE Paper
資格証明書は、Hong Kong Securities and Investment Institutes(香港證券及投資學會)、通称HKSIが実施しています。Regulated Activities 3は例外なのですが、それぞれのRegulated Activitiesに対応する資格証明書は以下のように定められています。資格証明書のことをLE Paperとよびます。
HKSI > LE Examination Handbook
つまり、例えばRegulated ActivitiesのType1を保有している証券会社で株式の購入を薦めるフロント業務をRepresentativesとして行う場合、確実にPaper1は必要になるということになります。ただ、Paper 7と8は学歴やその他の証明書、また職務経歴によっては免除される可能性があります。
LE Paper1試験概要
フロント業務に目指しているのであれば、とりあえずPaper1は受かっていないと始まりません。面接時にも必ず聞かれるはずです。Paper 1の内容は以下のようになっています。これらのトピックの中から60問の選択式で質問が出されます。試験時間は1時間半、足切りは正答率70%となります。
◆Paper 1試験範囲
- Topic 1: Regulatory overview of the Hong Kong financial industry
- Topic 2: Principles of relevant Hong Kong law and the new Companies Ordinance
- Topic 3: Securities and Futures Ordinance (“SFO”)
- Topic 4: Licensing and registration, and subsidiary legislation
- Topic 5: Business conduct and client relations
- Topic 6: Business operations and practices
- Topic 7: Participating in the Hong Kong exchanges
- Topic 8: Corporate finance and SFC authorized products
- Topic 9: Market misconduct and improper trading practices
◆試験申込
申し込みは、HKSIのホームページから予約することができます。試験内容の詳細や受験費用などの詳細はホームページで最新の情報を確認してください。
HKSI > Licensing Examinations for Securities and Future Intermediaries
◆試験形式&合否通知
マークシート形式とコンピューター形式の2種類があり、結果はマークシート形式は後日郵送、コンピューター形式は試験終了時にスタッフから結果の紙が渡されます。
◆難易度と傾向
しかしこの試験、実は結構難易度は高く、付け焼き刃で受験するとなかなか受かりません。テキストは試験を申し込むとダウンロードができますが、印刷すると結構な厚さになり、読み通すだけでも一苦労です。また、トピックは金融知識というよりも香港の会社法や行政、証券取引所の種類とその仕組み、またSecurities and futures Ordinance(証券・先物取引法)や営業上の禁止行為などについての内容が中心となります。外国人にとっては初めて知る内容も多く含まれているうえ、試験は重箱の隅をつつくような問題が出てきます。私は二ヶ月真剣にとりくみ、ギリギリで合格することができました。
◆試験対策
前述のカプランなどでは講座が開講されています。また香港の本屋では以下のような対策本も売られています。中国語で書かれていますが、香港の裁判所の名称など、英語だとなかなかイメージがわかないところが漢字だとスッと頭にはいってくることもあります。参考書として一冊おいていくと助けになるはずです。
<対策本>
HKSI Paper 1 ※香港の書店にてお求めください
<オンライン想定問題> ※有料
試験問題は公式テキストに書かれていることからしか出ないのでしっかり読みこめば合格するのですが、もし時間がなくどうしても受かる必要がある場合はカプランの講座や有料サイトを使うのも良いかとおもいます。
CFAのレベル1保持者のLE Paper免除規定
意外と知られていないことですが、次に紹介するCFAのレベル1の証明書を保持していると以下の免除規定があります。
つまり、CFAのレベル1に過去3年以内に合格していることで、LE Paperの7、8、9、11、12を受験する代わりにSFCはRepresentativeのRecognized industry classificationを認定してくれるとのことです。ただ、この免除規定については変更される可能性もあるので、必ずご自身でSFCに確認をとってください。
※免責事項
本記事に記載の内容は全て筆者の個人的見解によるものであり、所属組織とは無関係です。また記載の内容の正確性を保証することはいたしかねます。証明書の取得を検討する場合は必ずご自身で確認、問い合わせを行ってください。